『夜都伎神社』立ち入り禁止のそのワケは☆

山の辺の道を石上神宮から歩いて少し行くと、夜都伎神社があります。


せっかくだからお参りしましょうと入って行くと、参道に停めてあったトラックの前に【立ち入り禁止】のパイロンが。。。


そうは言っても、ちょっとお参りするくらいいいんじゃないかなぁ〜と、前方から歩いてきた作業服の方に「お参り出来ますか?」と聞くと作業中なので入れないとのこと。


どうやら社殿の補修をされていたようなんですね。


なんだか、神様に拒否されてしまったようで☆こちらのご祭神はどなたかと調べてみると


武甕槌命(たけみかづちのみこと)

経津主神(ふつぬしのみこと)

姫大神 (ひめのおおかみ)

天児屋命(あめのこやねのみこと)


になっていました。


昔々、神話の世界のお話では、九州の日向族(後の大和族)と出雲の出雲族とがあってどちらが日本を治めるかで争いが起こっていました。

一度は出雲族の族長スサノオに、日向族の族長イザナギイザナミの娘、ヒミコがお嫁入りすることで和合するのですが、日向族の中にこの婚儀を快く思っていない人達がいて、またまた両者は対立してしまうのです。

時が流れ、スサノオの子孫、オオクニヌシが出雲の国を治めている時に、武力による争いが起こり大和族側のタケミカヅチオオクニヌシの息子、タケミナカタを諏訪まで追い詰め勝利し、とうとう出雲族側が大和族側に国を譲ることとなったのです。


そんな、


タケミカヅチを奉っている夜都伎神社ですから、出雲やニギハヤヒに思いを馳せながらやってきた私達は招かれざる客だったのかも知れません。


奈良から戻り、再度、夜都伎神社について調べていたら

春日大社 との関係は深く、江戸時代末期まで「蓮の御供」という神饌を献上していました。

また、春日大社から古くなった社殿・鳥居を夜都伎神社に下賜して使用させる伝統があります。

つまり、ここには昔の春日大社の姿があるのです。』

と言う文章が目に飛び込んで来ました!


夜都伎神社が春日大社


ちょっと待って!


確か初めて春日大社に行ったときにも、中に入ることが出来なかったんじゃなかったっけ?


偶然?それとも何か、理由があるの?


答えは意外なところにあったのです☆